三星 遥 (1話)



春。
ようやく桜が散り始めた頃、昼食を食べ終わった後の昼休み。
三星 遥は、廊下を走っていた。
「遥、どこ行くの?」
すれ違ったクラスメイトにそう聞かれると一瞬立ち止まり、「中庭!」と答えた。
そしてまた、駆け出していった。


北校舎の昇降口から繋がる細い裏道を通っていくと、知る人ぞ知る中庭に繋がっている。
遥は入学式の日、偶然そこを見つけていたのだ。入学以来のここ数日間、機会がなくてなかなかその場所へ行くことができなかったが、ようやく時間ができたので行ってみることにした。


くねくねとした細道を通り抜けた先に、その中庭はあった。
大きな桜の木と少し古いベンチが置いてあるだけ。桜の木は風に揺れ、花びらがひらひらと舞っている。決して広いとは言えないが、自分だけの秘密基地のようでわくわくした。
遥以外に人は見当たらなかった。
こんなに素敵な場所なのに、誰もいないなんて…勿体ない。
そう思いながら、遥はベンチに横になる。
春のあたたかい空気を全身で感じる。
このまま眠ってしまいそうだ___。


そんな時。


遠くから音楽が聞こえた…ような気がした。
耳を澄ましてみる。
勘違いではなかった。確かに聞こえる。
しかし、一体何の曲かまでは聞き取れない。
ベンチから体を起こし、音の鳴る方へゆっくりと歩いていく。
どんどん音が鮮明に聞こえてきた。
音に集中していた遥は、兄元に注意をしていなかった。
バサっ、という音が足元の方から聞こえた。見ると、植え込みのようなものに当たったようだ。

その時。

「___よしっ。」
ふと、女の子の声が聞こえた。遥は反射的に植え込みに隠れた。
そして葉っぱの間から様子を伺う。
どうやら、ここまでだと思っていた中庭はさらに奥へと敷地が続いているようだった。
そして、そこに誰かがいる。
目をキョロキョロと動かして声の主の姿を探すと、遥と同じ薄茶色のカーディガンが見えた。顔は見えないがこの学校の生徒で間違いない。
動き回るカーディガンを必死に目だけで追う。

…踊っている…?

彼女は踊っていた。
いや…歌も歌っていた。歌いながら、踊っている。
何故学校でそんな事をしているのか…。
そんな疑問が浮かび上がる。しかし、その疑問はすぐにどこかへ飛んでいった。遥にはその女の子がキラキラと輝いて見えたのだ。
もっと見ていたい。
そう思い、もう少し上の方から見ようと体勢を変えた時。

足がすべった。

どん!と膝から転んでしまった。同時に、体が植え込みの葉っぱにも当たってしまいガサガサっと大きな音が鳴る。
「いったぁ…」
歌っていた女子生徒がこちらを振り返る。
初めて顔が見えた。ややつり気味の大きな目に、きゅっと結んだ口。ポニーテールに結った赤い髪が、風で桜の枝と一緒に揺れる。
覗き見がバレてしまった…。今更隠すこともできない。
女の子は困惑した表情を浮かべながらも、「ねえ…大丈夫?」と手を貸してくれた。
「あ…だ、大丈夫です。ありがとうございます」
その手を握り、立ち上がる。女の子がパッパッと膝についた砂をはらってくれた。
身長は遥よりも低いようだが、随分と冷静で落ち着いた雰囲気がある。

砂のついた手をスカートで軽く拭くと、思い出したかのようにあっと声をあげた。
「…っていうか、なんでこんな所にいるのよ!なんでかなー、ここには誰も来ないと思ったのに…また場所変えなきゃじゃん…」と、ぶつぶつと小さな声でつぶやいた。

「あ、あの!」
遥は思わず声をかけた。
「ん?」少し怪訝そうにしながら女の子が反応する。
「何で…」ここに…と言う前に、女の子が少し強い口調で答えた。

「アイドル」

「えっ?」

強い風が吹いた。桜の木々と、少女たちの髪の毛がより一層強く揺れる。

「私、アイドルになりたいの」

彼女の目は、真っ直ぐ前を見つめていた。

Adolescence

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