一ノ瀬佳音(3話)
「あっミカからだ」
その日の夜、ベッドに座りながらスマホをいじっていた佳音は、1件の通知が来たことに気づいた。
「あっ、ユナからも…」
それぞれのメッセージを開くと、どちらも昼休みに言っていたアイドルの動画リンクが貼られていた。
先の時間に来ていたメッセージを開く。
『これすっごくいいよ。ぜひ聞いて!』
まずはミカが送ってくれたものを見ることにした。
公開日時を見る限り、最新曲のミュージックビデオのようだ。
5人の少女たちがカラフルなセットの中で踊る、ダンスシーンがメインになっている。
合間に挟まれるリップシーンは、メンバーたちがコロコロと表情や動きを変え、楽しそうな雰囲気が伝わるものとなっていた。
曲は王道なかわいい系で、サビのフレーズはキャッチーなものになっている。
「ふぅん…」
これがアイドル。
なんだか佳音の想像していたものとは少し違っていた。
プロデューサーやスタッフなど、ただ大人の指示で歌い踊るものだと思っていた。
しかし、このアイドルたちは間違いなく楽しんでいる。大人の指示だけでなく、本人たちで楽しさ、明るさを作り上げている。
次に、ユナのメッセージを開いた。
『多分ミカがMV送ってると思うから、私はライブ映像送るわ』
「その通りだよ…」
佳音は添付されているリンクをタップした。
タイトルを見ると、先程の曲のリリースイベントライブの動画だった。
普段のライブよりは小規模のイベントらしい。1000人程が集まったホールで、5人のアイドルたちは楽曲を披露していた。
「…」
佳音は衝撃を受けた。
これがアイドル…!
激しいダンスに生歌、彼女たちはプロのダンサーでも歌手でもない、当然完璧とは言えない。
しかし、アイドルという存在の彼女たちのそれは完璧なパフォーマンスになっていた。
ミスをしても、疲れても、ファンを楽しませるために全力で歌い、踊る。
そして盛り上がるファンとの一体感。
時が過ぎていても、画面越しでも、その熱気が伝わってくる。
「すごい…」
アイドルは思っていたよりずっとアツいものだった。
佳音は二人に返信を打とうとしたが、ドキドキが止まらず上手く言葉にできない。
結局その夜は『すごいね』としか送ることができなかった。
翌日、学校に着くとミカとユナ、二人がすぐに佳音の席にやって来た。
「佳音!見てくれたんだねありがとう!」
「すごかったでしょ!」
「…うん」
見てくれたことが嬉しかったようで、二人はいつもより興奮気味だった。そんな二人とは対照的に佳音はどこかぼんやりしていた。だが昨日見た映像は脳裏にハッキリと刻み込まれていた。
「はーやっぱりいいねアイドルは。今度ライブ行こうよ」
「佳音も連れていったら間違いなくハマるよ確定だよ!」
二人はまた勝手に盛り上がる。
「そこでプロデューサーに目をつけられて、佳音がスカウトされたりしてね」
「ありえる!まじ佳音アイドルなってほしいわ〜!」
「うちらめっちゃ推すし」
また冗談なのだろう。しかし、その言葉が佳音の心に火をつけた。
「…いいよ」
「えっ?」
ぼんやりと宙を見つめてたその姿勢のまま、佳音はぽつりと呟く。
「あたしアイドルになってもいいよ。っていうか、なってみたい」
リアクションは返ってこない。
二人は空いた口が塞がらないようだ。
「あのキラキラな世界に飛び込めたら素敵だと思わない?あたしは知りたいの、あの世界を」
佳音は遠くを見つめたままだ。
その視線の先には、きっと好きになってしまった、アイドルの世界があるのだろう。
いつもの教室、いつものクラスメイト、いつも通りの光景。
だけど、確実に佳音の中では何かが変わっていた。
しばらく時間が経ち、ミカがやれやれとため息をつく。
「…冗談を本気に捉えるなって、言ったじゃない」
ユナも続けて苦笑いで言う。
「佳音ってほんとに断れない性格なのね」
しかしすぐ後、二人は満面の笑みで佳音の顔にぐいっと近寄った。
「じゃあ私たちはアイドルをすすめた責任持って、デビュー前から推しちゃうよ!」
「絶対デビューしてね、佳音なら絶対いけるから!」
「二人とも…」
佳音は嬉しさのあまりその長い腕で二人をまとめてぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう〜〜っ!」
「ちょっと〜みんな見てるからやめてっ」
「もう、こういうところは直してよね〜!」
三人で笑ったその時、始業を告げるチャイムが鳴り響いたのだった。
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