観音寺葉月(2話)

葉月の暮らす観音寺家は、古くから続く代々大地主が主の由緒正しい家柄だ。
そのため葉月たち姉妹も幼い頃から茶道、華道、日本舞踊などを習い、良家の娘にふさわしくなれるよう躾けられてきた。

高校生になり、ある程度の自由を手にした葉月だが、自由はある日突然授けられると案外困るもののようだ。

今日も暇を持て余している。

幸い葉月は頭が良かった。1日少し復習すればある程度は頭に入る。かと言ってさらに難しい問題に挑むほど勉強が好きなわけでもない。

結局、自分にはこれしかないのだ。

先日張り替えたばかりの畳に寝転がりながら最近好きな曲を小さく口ずさむ。

物心ついた時には、もう歌が好きだったと思う。
母が聞かせてくれのは昔から伝わる有名な曲ばかりだったが、何度も聞くと自然と歌っていた。
ただ、やっぱり人に聞かせるのはその頃から恥ずかしかった。
昔から決まって、あの縁側で人目を気にしながら歌うのだ。

ワンフレーズ歌うと、ほぅっと息を吐く。
何か退屈で物足りない毎日。
やっと手にした自由を、どう使えば良いのか。

気がつけば高校二年生。もう少しで高校生活もあと半分だ。

葉月は少し焦っていた。
しかし、答えはいつ考えても見つからないままなのだった。

暖かな春の日差しと畳の感触で瞼が閉じかけていた、その時。

「葉月ちゃーーんっ。お姉ちゃんと遊ぼうよ〜」

背中に重く何かがのしかかる。その感触は紛れもなく円だった。

「いったぁ!もう、ふつうに話しかけてきてくださいな!」
「えー、なんか寝てたから一緒にお昼寝もどうかなって」
「なんか色々違いますわ…」

円のお気楽さに、葉月はいつももやもやする。

「…てか葉月、あんた本当に毎日暇そうだね。いい加減なんかやることないの?」

円はふざけていても急に素に戻ることがある。葉月はそのタイミングがいつもよくわからない。

「暇そうって……そんなに私と遊びたいなら、何か私が熱中することでも一緒に考えてくださいな」
「やることないのは否定しないのね」

葉月は床に寝そべったまま、ごろごろと体を転がして縁側まで移動した。両親に見つかったらお説教だが、今日は出掛けているので心配無用だ。円は歩いて移動し、そのままゆっくりと腰掛けた。

沈黙が続く。うーん、うーんと小さく隣から聞こえてくるので、一応真面目に考えてくれているみたいだ。

しばらくして、あっと声を上げたのは円だった。

「…ここでいつも歌ってんじゃん。歌の道とか考えたら?ボイトレ通ったり、作詞作曲学んだりとか」

そう言った途端、葉月は少し俯いた。

「…歌、は…」

意外だった。
いや、あんなに楽しそうに歌うのにこれまで少しも歌を趣味にしてこないのは変だ。これが正しい反応なのかもしれない。

「私はここでしか歌ったことのない素人ですわ。プロを目指せるほどの経験も積んでいないし実力もない。それに…」

そこまで言って、葉月は円の顔をじっと見つめた。

口角は上がっているが、泣き出しそうな、苦しそうな、何かを我慢しているような表情。

これは彼女の本心なのだろうか?

円は淡々と話す葉月の瞳を見つめる。

「いつもそうでしょう、私は人前で歌えない。そんなので歌の道に進もうなんて人、いないでしょう」


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